遠い遠い海の綺麗な磯辺であるヤドカリが死んだ。

そのヤドカリの亡き骸の周りにはたくさんのヤドカリが集まってきた。

あるヤドカリが言う。

「あのヤドカリは、いつも立派な家を背負っていて羨ましかったなあ。あんな大きな家を背負うなんて俺たちにはできないし、それをあの年齢まで!移動するのもすごい精神力と体力だったろうなあ。どう言う人生なのか、意外にみんな知らないよな。あまり彼は語らなかったから。でも間違いなく今まで聞いたことのないくらいの長生きで俺たちの磯辺のリーダー的な存在だったなあ。」

「彼は、俺たちと決定的に違うところがあったよ。俺は何度かそれを見かけて、バカなことする奴だなぁーと思ってた。俺たちはみんな自分の家が少し窮屈になるとちょうどいい大きさの家を探して乗り換えるだろ?でも、彼はね、昔は自分の家が小さくなっても、そのままあり得ない限界まで住んでた。それは笑えるくらいだったよ、身体のほとんどはみ出してて。たぶん、いい家を見つけるのが下手だったんだな。その後は逆に大きすぎることもあった。あまりに大きすぎて家を運べなくてしばらくまったく動けず住んでた。その時は餌が目の前に来るまでじっと待って狩をしてた。最近も身体よりも大きな家を好んでたよね、あの歳で。家探しが面倒だったのかもね。そのおかげかすごい身体に成長してた。とにかく俺たちみたいに快適をいつも探しているのではなく、いつも無理してたなあ。その理由?わからない。彼は話したことはなかったし、俺も聞かなかったよ。大きくて目立つから狙われ易いしバカだなあって思ってたから。悪いけど、俺達のオトリになってたと思ってたから。だから何も言わず放っておいたよ。」

「あの人が私達のリーダー?私はそうは思わない。だってたくさんメスと付き合って楽しんでたよ。私は何度かそれを見かけた。二股三股なんて当たり前だしね。節操もない奴だよ。」

「私も最初はそう思ってた。でも彼は長生きしたことも理由だけど、この磯辺を隈なく知り尽くしてたし、ここでの生き方を知ってた。そこが魅力的で、しばらく付き合ってた。美味しい餌も分けてくれたよ。別れた理由?それはわからないなあ。言いたくもないし」

「俺は彼をたぶん一番知ってる。彼は、あまり群れなかったね。そしてあまり話しをしない奴だった。

俺は彼は頭がいいとは思わなかった。ごく普通の奴だった。生まれた場所も餌の少ない所だったって言ってたよ。そのせいかこの小さな磯辺でどうやって生きていくのかを模索してたように思う。普通は魚や蟹に食べられるし、人間に捕られることもあるだろ。いろいろな危険からどうして身を守って行くか、親とも早く死に別れて誰も教えてくれないから、自分で試行錯誤してたんだな。

群れなかったのは、話をしたくないのではなく、たくさん集まってると、魚の餌場になるし、人間の目にも止まりやすいって経験からわかったからじゃないかな?

最初のころ笑えるくらい小さな家に住んでたのは、たぶん機動力を求めたんだよ。誰よりも死んだ魚に早く辿り着くためにね。それとライバルよりも早くメスのところにも行くためだと思うよ。そして、その後同年代より大きな家に住むことで成功の証のように無理はあっても自分を大きく見せてたんだな。それがいつしかこんな大きさにまでなった。とにかくここまで生きてきたのは立派だよな。こんな大きな家はすごいよ!いろいろな意味で憧れだよ。」

「違う、違う!彼は立派でもなんでもないんだ。なんであんなに大きな家を背負っるかみんな知らないんだね。私は彼より少し若いだけだから、ずいぶん出会って、何度かそのすごい現場を見たことがあるんだ。最初はね、まだ小さい頃、蟹に襲われた時に早く逃げられるようにと小さな家にしてた。餌に早く辿り着くのもあるけど、走って逃げて生きのびるためなんだよ。でも、ある時それでも蟹に襲われて危うく食べられるところだった。それで方針変更して、大き過ぎる家にして、食べられそうになったらスルッと逃げられるようにしたんだ。それからね、もっとすごい所を見た。かなり大きくなってからだけど、ある夏に人間の子供がね、『あっ!お母さん!こんな大きなヤドカリを見つけた!』って捕まえられたんだ。その時にも大きな家からスルッと逃げて、チャポンと水面に落ちて、ちょうど波が来たからそれに乗って逃げられたんだ。まあ、運も強い奴だったけど、偉いとか立派とかではなく、自分ではどうにもならないこの環境を生きて行くためにいつしか身につけたんだよ。子供の頃のあの早く走るスピードを出す筋力。大人になってからは重い家を運ぶ体力。もともとそうなろうとした訳ではなく、結果的にそうなったんだと思う。今俺達が真似しようとしてできることではない。一つだけ俺たちと違うところは、生き延びようとする胆力はすごかったかな。」


「ところで、彼はいつから動かなくなったの?誰か死ぬところ見た?」

「たぶん一月前くらいから動かなくなってたよ。だから最近死んだって噂が広まって。そうだ、ちょっと死に顔を見てみようか?

あれ!中に居ない!そうか、ついに魚に食べられたのか!」




その時だった。

「皆のもの!ワシはここにいるぞ!」

集まったヤドカリ達の後ろから声がして、みんな振り返った。
そこにいたのは、家を持たない大きな彼だった。

「もう家など要らない!俺はいつしか、あらゆるリスクから身を守り、本当の自由を手に入れようと考え、自分の心も身体も鍛えていたんだ。こうしてみんなの前に殻の中のこの鍛えた身体を見せるのは初めてだな。生きてきたからこそ、この身体と精神的な境地に達したのだ。それでは、さらば!もうこの磯辺からは立ち去り、新たな旅に出ることにする!」


その後、彼の噂はまったく聞かない。

あの後すぐにサメに食べられたかもしれないし、どこかでまた試練の中で生きてるのかも知れない。

彼は今はただこの磯辺の伝説になっている。




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槙島源太郎

作家兼発行人

年齢、住所不詳。謎に包まれるユーモア小説作家、槙島源太郎が贈る笑いの数々。

ビジネス書の作家としても活躍中。

現在まあまあ週に一度のリリースを目指して書き続けている。

夢は世界を笑いに包み、平和を取り戻す脚本家兼映画監督。